アンカラで犬に咬まれた日の夕方、クズライという街の中心からアンカライと呼ばれる地下鉄で鉄道の駅へと向かう。列車の中の人は少ない。改札を抜けて、地下道から地上に出ると、陽はとっぷりと暮れて、雪解けあとの湿った道路が、冷気を足元から放出しているようだった。下半身からズ〜ンと寒くなる感じがする。
天井の高い駅舎の中は人気も少なくガランとしている。それにしても、何だか暗い街、アンカラ。以前、カナダのモントリオールに夕方着いた時に感じた、街を包む暗さと同じようなものを感じる。でも、その暗さが決して嫌いなわけではない。シンとしてどこか凛としたその空気感が、むしろ何か肌にあう気がする。おそらく、今、ロンドンに行くかアンカラに行くかと聴かれたら、迷わずアンカラと答えるだろう。何故だかはわからないが、何か気になる街、アンカラ。そんな感じなのだ。
何日か前、ラマダン(断食)明けということもあって、イスタンブールからアンカラへの列車は満席だったので、切符は2日前に買っておいた。でも、今夜のイスタンブール行きはガラガラだと駅員は笑った。
出発時刻の30分前、すでにイスタンブール行きのアンカラ・エクスプレスはホームに停車していた。ホームの人影もまばらで異様に暗い。売店で水とフランスパンを買って乗り込んだ。ヤクタルと呼ばれる個室寝台。あてがわれたのは1人用の部屋だった。きちんとベッドメイクされたシングルベッドと清潔そうな洗面台、作りつけの小さなテーブルがある。ヒーターが入っていて外のような寒さはない。安いビジネスホテルのシングルルームのようだ。通路に出て出発を待つ。薄暗いホームから列車に乗り込んでくる人はまばらだ。アンカラの出発は午後10時30分。ほぼ定刻通りに列車は動き始めた。
飛行機やバスに比べて列車の旅は時間がかかるがとても楽だ。何より手足を伸ばして横になれるのがいい。以前アメリカ旅行でも移動に列車を選んだ。寝台ではないコーチという座席車輌だったが、アメリカンサイズの座席はリクライニングの角度も素晴らしく、2泊3日の行程も楽勝だった。
イスタンブールまでは、時刻表通りなら9時間半の距離だ。僕は、列車の揺れにまかせている間に眠ってしまったようだった。次に目が覚めた時は、薄ぼんやりと夜が明けようとしていた。時計を見ると午前7時。窓の外は雨が降っているようだった。顔を洗って食堂車に行ってみる。いたのは、日本人の女性グループだけだった。朝早いのに、テーブルはきちんとセットされて、乗務員が笑顔で迎えてくれた。何の変哲もないアメリカンブレックファースト。オリーブとチャイがついているのが、トルコらしい。
窓の外を雨の町並が流れていく。踏み切りのところで、通学途中の傘をさした制服が、いくつも列車が通り過ぎるのを待っている。商店やカフェも開店の時間のようだ。イスタンブールまで、あとどれくらいなのだろうか。それとも、窓の外の町は、イスタンブールの一部なのだろうか。
ボスポラス海峡を渡って、イスタンブールのアジア側にあるハイダルパシャ駅に滑り込んだのは、ほぼ定刻だった。ヨーロッパ側へのフェリー乗り場まで来て振り返ると、アジアの最西端の駅は、まるで宮殿のように見えた。ガラタ橋の近くにあるカラキョイまでフェリーで渡った。アジアからヨーロッパへの船旅はわずか20分ほどだった。
■アンカラエキスプレスには、アンカラ発とイスタンブール発がある。ともに毎日午後10時30分発。料金は個室寝台が日本円で3000円ぐらい。所要9時間〜9時間
(2002年4月、おきなわJOHO掲載)
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