アンカラの空はどんよりと重く、街の風景は灰色にすすけたように見えた。薄く積もった雪がとけたあとの、ドロドロになった道を歩いて、クズライというエリアから、北のウルスというエリアに向かう。この間、約4キロ。ブラブラ歩きにしては少し距離があるが、イスタンブール行きの夜行列車の出発までには、丸一日時間があったので、何となく歩いてみることにしたのだ。
寄り道をしながらウルス地区まで約1時間半かかった。アタトゥルク像を右に曲がったところで、ガラスの向こう側に美味しそうなドネルケバブが焼かれるレストランを見つけた。
ドネルケバブは鉄に巻かれた薄切り肉の大きな塊を火であぶりながら焼く料理だ。注文すると、細長いナイフで、焼き立ての脂がしたたり落ちているところをこそげ落としてくれる。これをエキメッキと呼ばれるパンにはさんで食べる。ちょっとしたステーキサンドといったところだ。一緒に出されたコーヒーを飲みながら地図を眺めていると、このレストランの前の道をそのまま登っていけば、アンカラ城に行けることに気がついた。
このアンカラ城、某ガイドブックによると、7世紀にアラブの侵攻に備えてビザンティン帝国が築いたもので、城壁は二重になっているという。世界史を選択しなかったので、何のことだかさっぱりわからなかったが、城壁の内側には地元の人が今も暮らしているというのもみて、行ってみる気になった。
急な石段を登ると、石造りの古い城壁が見えてきた。そして左手に急に視界が開けた。向こう側に見える山肌には、数えきれないほどの赤い瓦屋根の民家がへばりつくように並んでいた。その景色は、すすけた街の印象とはまったく違って、何度かカメラのシャッターを切った。
初めて目にした景色に満足しながら城壁に向かう。遠くで大きな犬がじゃれあっている。「!」。と思っていたら、3匹の大型犬が吠えながら猛然とこちらに向かって走ってきた。状況が理解できないまま見ていると、1匹が飛びかかってきた。後退しながら手にしていた鞄でバシバシ殴る。2匹目がふくらはぎに噛み付く。嘘だろと思いながらそのまま蹴りあげる。小走りに後退する。相変わらず吠え続ける3匹。でも、追ってくる様子はない。助かったと思いつつ、アラブに攻め込まれたビザンティン帝国の兵隊のように、城の中に逃げ込んだ。ジーンズの裾をめくって、咬まれた場所を確認する。幸い歯の痕はなかった。
それにしても旅に出て何かに襲われるという経験は初めてだった。まだ、心臓の鼓動が5割増という感じ。気持ちを落ち着けるために、鞄に入った水をゆっくりと飲んだ。
ペットボトルを鞄に入れて周囲を見ると、古い田舎の集落のような風景が広がっていた。よく言えばノスタルジック、悪く言えば、古ぼけた感じ。でも、目の前の景色の手触りは、子供の頃に遊んだ近所の風景にも似ていた。
路地を歩いていると、手にしていたカメラを見つけた子供たちが、集まってきた。言葉はわからないが、写真を撮れと言っているらしい。カメラを構えると、5人の子供たちは、肩を組んでポーズをとった。シャッターを切る。すっかり有頂天の子供たち。それからは何となく案内されるでもなく、彼らについて、複雑な路地を歩いた。犬に襲われたことは、どうでもよくなっていた。
■アンカラへは、イスタンブールからバスで5時間半。鉄道だと7時間〜8時間半。飛行機は1時間。
(2002年3月、おきなわJOHO掲載)
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